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敦煌の監督は、「大作」と「海外合作」が得意な佐藤純彌(じゅんや)氏

敦煌の監督は、「大作」と「海外合作」が得意な佐藤純彌(じゅんや)氏が務めた。

大作が得意

佐藤監督が最初に注目されたのが「新幹線大爆破」(1975年)。 日本での興行成績はいまひとつだったが、フランスで大ヒット。新幹線を題材にした犯罪アクションで、速度を落とすと爆発するといったアイデアはハリウッド映画「スピード」に影響を与えたとされる。 続いて、米国でも本格ロケをした角川映画の「人間の証明」(1977年)、「野性の証明」(1978年)は興行的成功をおさめ、大きな現場を仕切る手腕が定着した。

海外との合作の実績

合作も得意だった。日中合作の「未完の対局」(1982年)だけではない。日本とソ連の女子バレーボール選手の青春ドラマ「甦(よみがえ)れ魔女」(1980年)をつくった。

極地でのロケの達人

「植村直己物語」(1986年)では北極とエベレスト、大黒屋光太夫を描いた「おろしや国酔夢譚」(1992年)はシベリアなどでロケを敢行した。

「北京原人」で興行的失敗

1997年の「北京原人」は大赤字になってしまった。 製作費20億円が投じられたが、興行収入は10億円以下だった。 しばらく監督の仕事が与えられなくなった。

製作費25億円「男たちの大和/YAMATO」で復活

2005年の「男たちの大和/YAMATO」で、 再び超大作を任された。 製作費約25億円。 興行収入は何とか50億円に届いた。 利益が出たかどうかは疑わしいが、商業的に大きな失敗ではなかった。

東映から「大和」の監督依頼があったのは2004年6月。約20年前に出版され、映画化は無理といわれた女流作家・辺見じゅんさんの原作本を渡されたという。辺見じゅんは、「大和」のプロデューサーである角川春樹氏の実姉だ。角川氏と佐藤監督は映画「人間の証明」「野性の証明」のヒット作で組んだ歴史があった。

プロフィール

<佐藤純彌>(さとう・じゅんや)1932年11月、東京都生まれ。東京大学文学部卒。1956年東映東京撮影所に助監督で入社。1963年「陸軍残虐物語」で初メガホン。1968年フリーに。主な作品に「新幹線大爆破」「空海」「植村直己物語」「おろしや国酔夢譚」「男たちの大和/YAMATO」など。日本を代表する“大作映画監督”の一人。

あらすじ

11世紀の中国、科挙の試験に落ちた趙は西域の新興国・西夏に引かれシルクロードの旅に出る。旅の途中、漢人部隊隊長の朱と出会う。やがてウイグルの王女ツルピアと愛し合い、脱走を試みる。

受賞歴

1990年日本アカデミー賞(1989年公開の映画が対象)で最優秀作品賞、同監督賞などを獲得。

出演者

西田敏行、佐藤浩市、中川安奈、柄本明、田村高廣、三田佳子、原田大二郎、蜷川幸雄ら。

製作発表の記者会見

敦煌の製作発表の記者会見は、東京・帝国ホテルで開かれた。 大映の徳間康快社長が、胡健中国電影輸出輸入公司社長ら中国の映画関係者とともに出席した。

大映の徳間社長は「敦煌の製作は私が新しい大映を引き受けてからの念願。先の『未完の対局』の成功のおかげで、やっと映画化できることになった」と話した。

バブル

バブルの時代、日本の映画界では、海外との合作・提携が増えた。敦煌以外にも、黒澤明監督の大作「乱」が、日本とフランスの資本で製作された。 乱は1985年に公開された。